九州片田舎でホームエデュケーション★あここママ日誌

息子は小3のはじめ、担任との出来事をきっかけに不登校に。そして学校教育という枠の中で学ぶことが合わないと自らホームエデュケーション選択しました。ホームエデュケーションの日々、感じたこと、その他綴ってます。

不登校はじまりの頃の話⑪実家居候と不登校の厳しい冬

f:id:asoiyashi:20180927130856j:plain不登校親子にとって、親族など身近な人の理解がないと、大変なストレス、葛藤を生み出します。わざわざ転校し実家に居候したものの再び不登校、つねに両親との板挟みは私にとって地獄の日々でした。

息子は九州片田舎で不登校になり、只今ホームエデュケーションを選択中。
ホームエデュケーションママあここです。

 

息子小3時代、不登校のはじまりの頃の話です。

 

今こそ、そういった経過があったからこそ今に至り、たくさんの学び、気づきが得られたのだと実感します。

 

周囲に認めてもらえてからは親子共々、ずいぶんラクに暮らせるようになったと思います。

 

2017年秋~冬

 

ここの学校なら行ける、という息子の言葉に望みをかけて、

 

震災後以来、再び宮崎県延岡市の私の実家に母子3人、居候生活をはじめたものの、

 

結局通うことができなくなってしまった息子。

 

当時、両親には不登校に対する理解はなく、

 

「絶対に行かさねばならない!」と私と息子にいつも強く言っていた。

 

両親にとって、家に不登校児がいるなんて、情けない、恥ずかしい、

 

そう思っていたようだ。

 

だから、息子を連れて同伴登校したものの無理で帰ってくる、という日には

 

「また帰ってきたのか?」と怒りあきれる両親の反応にビクビクしていた私がいた。

 

息子本人でなく私がビクビク。。。

 

そのつど私は、せっかく連れて行ったのになぜ学校に置いてこれないのかと、

 

母親としての指導不足を責められているような気持ちになっていた。

 

両親と会話の中で、息子の話題に触れたことで私自身も感情を刺激され、

 

板ばさみに耐えられなくなり、

 

「何でわざわざここまで引越してきたというのに、ここでもやるのか?

 

私を困らせないで!私はもうここから出たい!」

 

と息子に心ない怒りをぶつけ、泣かせたこともあった。

 

「もう行くとこもない、どこに居ても苦しい、一緒に死のう」

 

と言ったこともあると思う。

 

息子にとって一番の理解者のつもりが息子を傷つけるなんて。。。

 

と何度も自己嫌悪に陥った。

 

自暴自棄に陥り、真夜中に息子を連れて外に出て行ったこともあった。

 

実家に戻ってきたばっかりに。

 

でも、元の場所に戻るわけにもいかない。

 

どこに行っても身近な人までもが敵のように思えた。

 

私にも息子にも居場所がない。

 

この居場所のなさ、孤独が一番辛い。

 

外の季節も、私達親子にとっても厳しい厳しい冬だった。

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