九州片田舎でホームエデュケーション★あここママ日誌

息子は小3のはじめ、担任との出来事をきっかけに不登校に。そして学校教育という枠の中で学ぶことが合わないと自らホームエデュケーション選択しました。ホームエデュケーションの日々、感じたこと、その他綴ってます。

不登校はじまりの頃の話⑧フラッシュバックと理解ある校長先生

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息子小3時代、不登校のはじまりの頃の話です。学校に復帰したのもつかの間、本人、すごく頑張っていたのだと思います。転校して出会えた、理解ある校長先生の存在は貴重で、ありがたいものでした。

息子は九州片田舎で不登校になり、只今ホームエデュケーションを選択中。
ホームエデュケーションママあここです。

  

2017年10月

 

新学期がはじまり1か月、休むことなく通えたものの、運動会の後、

どっと反動が出たかのように登校渋りが激しくなっていった。

 

しばらく保健室登校をしていたが、送っていくと私から1時間以上離れない。

その前に、学校にすんなり入れず、学校の校門下の階段に1時間近く座っていた。

 

登校前に近くの海に行き、クールダウンすることもあった。

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しかし、学校に着くとパニックになり、私のまわりをグルグルとまわって私を帰れなくさせたり、

 

「ママ、お願い!!今日は帰りたい」と涙を流し、泣きだす。

 

本人に聞くと、どうも教室に入ることで以前の学校での出来事が重なり、

 

フラッシュバックが起きるということだった。

 

見かねた教頭先生から「今日はもう帰りましょう」と言われる日も多かった。

 

「学校に置いていかれるなら校舎から飛び降りて死ぬ」と言う時もあった。

 

その頃から教室には入れなくなっていた。

 

担任になったのは体育会系の女性の先生で、

 

いつもクラスからは「ハイ!ハイ!」「ありがとうございました~!」

 

と体育会系の部活のように見事に揃った大きな子ども達のかけ声が聞こえていた。

 

息子は教室の外でぼそっと、「僕はこれが苦手、できないんだよね。」と言った。

 

忘れ物をしたり、何かあった時、しつこく理由を聞かれるのも苦手だと。

 

私も同伴していてクラスの様子をみて、

 

自分が子どもだったら疲れるだろうな、と思った。

 

保健室登校も新任の若い先生からか余裕がなくしっくりいかなかった様子。

 

そんな中、息子がただ一人心を開いた先生がいた。

 

女性の校長先生。

 

学校であれが嫌、これが嫌、という息子のわがままも、

 

否定せずに息子の全てを受け入れて聴いてくださっていた。

 

迎えに行くと、校長先生の横に座って、パソコンを触っていたり。

 

校長先生は息子が馴れ馴れしい言葉を使っても叱ることなく、

 

息子が学習の前に落ち着くようにとグッズを用意してくださったり。

 

校長室で話をしている中で、

 

「人によっては甘やかしていると言われるかもしれません。でも甘やかしではないのです。

 

彼の全てを受け入れる、これが今、彼に必要な支援だと思うのです。」

 

と穏やかな声で言われた。

 

学校に一人でも息子を受け止めてくれる理解ある先生がいる、

 

それが校長先生ならなおさら安心だった。

 

しばらく校長室登校をしていた。