九州片田舎でホームエデュケーション★あここママ日誌

息子は小3のはじめ、担任との出来事をきっかけに不登校に。そして学校教育という枠の中で学ぶことが合わないと自らホームエデュケーション選択しました。ホームエデュケーションの日々、感じたこと、その他綴ってます。

不登校はじまりの頃の話⑦これで不登校卒業!?

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久しぶりに緑のランドセルを背負う息子をみて奇跡のように思えた、だけどどこか違和感がある、そんな転校先での新学期スタートでした。

 

 息子は九州片田舎で不登校になり、只今ホームエデュケーションを選択中。
ホームエデュケーションママあここです。

 

息子小3時代、不登校のはじまりの頃の話です。

  

2017年8月下旬

 

苦渋の決断で熊本地震の後以来、

 

再び母子3人で実家へ転出することになった。

 

息子が再び学校生活を送れることを優先しての決断だった。

 

我が家でいつものように家族4人揃って夜を過ごし、

 

いつものように朝を迎え、夫は仕事に行き、家族は解散。

 

私達は車に荷物をいっぱい積み込み、延岡市に出発した。

 

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出発の前日、転出手続きをし母子3人の引っ越し荷物を準備しながらも

 

私はガンガン心揺さぶられていた。

 

発つ前の夜、4歳だった娘は

 

「私はパパが好きだからパパと一緒にここで暮らす」と言って、

 

心理的なものから2回もオネショ。

 

しかし、もう流れるままにいくしかなく、

 

震災以来、2度目の延岡市民になった。

 

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そして、ついに延岡での新学期がはじまった。

 

思えば昨年(2016年)の今頃は被災した後で、まだここにいた。

 

全校30数名だし、児童、保護者の顔と名前も一致している。

 

行事もひと通り経験していたので不安は少なかった。

 

しかし、2か月間不登校生活だったのでペースを取り戻せるか私のほうがドキドキ。

 

新学期の前夜は緊張してよく眠れなかった。

 

しかし、息子ははりきって早起きし、登校班で学校に行った。

 

 

 

 

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「お~みんなと行くのは久しぶりだな!」と息子は嬉しそうだった。

 

久しぶりに見た緑のランドセル。

 

自然に登校班に入って歩いていく姿をみて、

 

この2か月間はなかったことのように感じた。

 

児童も先生方も息子が戻ってきてくれたことを大歓迎で迎えてくれた。

 

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熊本地震が落ち着いて、再び帰っていなくなった後も、

 

先生方は息子のくつ箱のネームをはがさずにいてくれたとか。

 

まさか戻ってくることになるとは。

 

そして、サプライズに市外に転勤した昨年担任だった先生が来てくれた。

 

これにはビックリ!

 

ちょうど始業式の時期が違い、息子が初日だから、と。

 

何とあたたかい先生なのだろう。

 

熊本地震の後、担任としていつも息子の良いところに目を向け、

 

優しく見守ってくださっていた。

 

しかし、なかなか出逢えないタイプの先生。

 

もう転勤されてしまったのがとても残念。

 

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無事に始業式が終わった。

 

それから1か月は時々朝から不調で送って行くこともあったが、

 

暑さでハードな運動会練習もこなし、休むことなく通った。

 

あ~だこ~だはあったけれど、

 

10月上旬の運動会も無事に終えることができた。

 

しかしこの後、再び長い長い不登校生活が待っていた。