九州片田舎でホームエデュケーション★あここママ日誌

息子は小3のはじめ、担任との出来事をきっかけに不登校に。そして学校教育という枠の中で学ぶことが合わないと自らホームエデュケーション選択しました。ホームエデュケーションの日々、感じたこと、その他綴ってます。

不登校はじまりの頃の話⑥夏休み転校を決意

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不登校中のはじめての夏休みは先生方の動きもストップ、学校に行っていないことのプレッシャーから逃れられる安全基地のようなものでした。息子小3時代、不登校のはじまりの頃の話です。当時、苦渋の決断でしたが、今は間違っていなかったと思います。

 息子は九州片田舎で不登校になり、只今ホームエデュケーションを選択中。
ホームエデュケーションママあここです。 

 

2017年7月下旬 

 

息子の不登校がはじまって2か月、

 

息子の状態、日々の学校とのやりとり、バッシング、親族との関係。。。

 

私はボロボロになっていた。

 

「もう死んでやる!」と発狂した日もあった。

 

夏休みを前にスクールソーシャルワーカーが入り、

 

学校側に言えないことを仲介してくれるとのこと。

 

家庭訪問の回数を減らしてもらうよう、学校に伝えてもらうことになったが、

 

私の中には「転校」の2文字が心の中で大きく揺らいでいた。

 

先生方の理解があるといえない、家庭訪問が恐怖、

 

ほんの一部の保護者だがバッシングでPTAもおっくうになっていた。

 

夏休みに入ると全員が休みなので、学校には追いかけならない、楽になれた。

 

宮崎県延岡市の私の実家に行き、その場を離れるともっと楽になれた。

 

実家に近い私の母校には熊本地震で被災した際、8か月在籍させてもらった。

 

全校30数名のアットホームな学校で、知っている先生や仲のいい友達ばかり。

 

息子は「ここの学校なら行ける」と言った。

 

実家の両親もそれを勧めた。

 

しかし、せっかく熊本地震から復旧して家族全員で暮らせるようになり、

 

落ち着いてきた矢先だったし、

 

実家生活の大変さも身をもって体験していた。

 

夏休みが明けて、我が家に戻ってもまたあのプライバシーのない家庭訪問地獄が再開される、

 

それを思うともう無理だと思った。

 

しかし他に選択肢がない。

 

息子に合いそうなスクールをみつけ、そのまちに引っ越せるならそれが一番だが、

 

そんな経済力もない。

 

決断しようとなると揺れてしょうがなかった。

 

悩んだ末、再び母子3人で2回目の実家生活を決めた。