九州片田舎でホームエデュケーション★あここママ日誌

息子は小3のはじめ、担任との出来事をきっかけに不登校に。そして学校教育という枠の中で学ぶことが合わないと自らホームエデュケーション選択しました。ホームエデュケーションの日々、感じたこと、その他綴ってます。

不登校はじまりの頃の話⑤息子だけの適応教室?

f:id:asoiyashi:20181005220339j:plain当時の写真 テントの中で学習中。当時不登校になった時の学校は九州片田舎どころかとっても田舎の山中、人口数千人の小さな町でしたので、適応指導教室フリースクールもありませんでした。

 息子は九州片田舎で不登校になり、只今ホームエデュケーションを選択中。
ホームエデュケーションママあここです。

 

息子小3時代、不登校のはじまりの頃の話です。

  

学校側が提案したのは。。。 

 

2017年6月下旬

 

息子が不登校になってしばらくは、自主学習をまじめにやっていたと思う。

 

私が外出している間もドリルをしたり。

 

しかし、不登校初期で私も子どもが常にいる生活スタイルに慣れていなかった。

 

いつも 何かさせなければならない という思いに追われていた。

 

当時は「家でゴロゴロしている。ゲームをしている。」なんて絶対言っちゃいけない!

 

と思っていたから。

 

本来は休養させてあげることを優先する時期だった。

 

そんな風に家にいても杓子定規で考え、

 

我が子も自分自身も追い詰めてしまうのが不登校ママ初心者の状態。

 

そんな中、学校の先生が家に学習指導に来るとか、近くの公民館でしようか、

 

という話がでてきていた。

 

学校の先生がとなると。。。今の息子には無理、困ったなぁと。

 

不登校児童など一人もいないような小さな町なので、

 

適応指導教室なんてものもない。

 

校長先生がせっせと町に話をして、息子一人だけの適応指導教室を作る、

 

という話になる。

 

その適応指導教室とは、我が家からは十数キロ離れた町の図書館にて、

 

週1回数時間で、指導には養護の先生か、

 

スクールカウンセラーがあたると。

 

ちなみに、息子をスクールカウンセラーに直接会わせたが相性イマイチ、

 

カウンセラーは息子のことを「なかなか手強い」と言っていたとのこと。

 

話自体はありがたいのかもしれない。

 

しかし、話が進むほど う~ん、困ったなぁ。

 

我が子の状態、性質を一番知っている母にとって、

 

我が子にとってどんな学び場が妥当か最初からわかる。

 

そこからずいぶん反れた計画だった。

 

当時の私が優柔不断な返事をしたのかもしれないが、

 

その時の校長先生も本人、保護者の意向を無視し強引なところがあったと思う。

 

今の自分なら、ありがたいお話しだけれど本人の意思がないし、

 

学校関係者が関わるなら結構です と断るだろう。

 

結果、転校により実現しなかったが、実現しなくてよかったと思う。