九州片田舎でホームエデュケーション★あここママ日誌

息子は小3のはじめ、担任との出来事をきっかけに不登校に。そして学校教育という枠の中で学ぶことが合わないと自らホームエデュケーション選択しました。ホームエデュケーションの日々、感じたこと、その他綴ってます。

不登校はじまりの頃の話④バッシング

f:id:asoiyashi:20180927105849j:plain今となると、田舎の山中の小学校で、不登校になると珍しさからこんなこともあるのかもしれない、どこにいても色々な考え方の人がいる と客観的に思えるようになりましたが、今でもちょっとトラウマが残る出来事です。

息子は九州片田舎で不登校になり、只今ホームエデュケーションを選択中。
ホームエデュケーションママあここです。

 

息子小3時代、不登校のはじまりの頃の話です。

  

当時を記録し、整理し向き合うために記したいと思います。

 

2017年6月中旬

 

当時息子が在籍していた小学校では毎年クラスレクリエーションがあり、我が家は寺で広い境内があるためよく会場になっていた。

  

息子が不登校になったものの、私は学級委員で、委員仲間と共にレクリエーションを楽しみに準備を進めていた。

 

ある日、夫が青ざめた顔で家に帰ってきて、

 

「もうここではレクリエーションはできない。学校を通じてやめてもらおう。」

と言う。

 

何があったのか聞くと、

 

不登校児がいる家でレクリエーションなんかできない、あの家の人が嫌いだから

行きたくない。行きたくないと言っている保護者がたくさんいる。」

 

と言っている保護者がいる、という話だった。

 

私はあ然とした。

  

噂の発信元、犯人は誰だかすぐにわかった。

 

息子と同じ学年でもない、私にとっては全く関係もない保護者だった。

 

当時は息子が不登校になったばかりで色々なことから憔悴しきっていたため、

更なる悲しみや怒りやら込み上げてきた。 

 

同じ子どもを持つ保護者なのに。

 

子どもがうまくいっているやつらに私の苦しみがわかるはずない。

 

偉そうに言いたいのだろう。

 

また、身近な人が関わっていたこともわかった。

 

強い怒り、恨み、ぐちゃぐちゃした感情で過ごした。

 

本当なら相手の襟をつかみひとこと言いたい、そんな気分だったが、色々と考慮してしなかった。

 

怒りに満ちても、立ち向かうようなエネルギーがなかった。

 

しかし、ここでレクリエーションを諦めたら相手の思うツボ、このエネルギーをプラスに注ぎ、大盛況にしよう!と、

 

学級委員仲間の強い支えにより、レクリエーションは大成功だった。