九州片田舎でホームエデュケーション★あここママ日誌

息子は小3のはじめ、担任との出来事をきっかけに不登校に。そして学校教育という枠の中で学ぶことが合わないと自らホームエデュケーション選択しました。ホームエデュケーションの日々、感じたこと、その他綴ってます。

不登校はじまりの頃の話①罵倒する先生そして不登校がスタート

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学校は安心して子どもを預けられる場所ではないことを知った出来事でした。この日を機に息子にとって頑張ってきた学校生活へのモチベーションは一気に崩れ、長い長い不登校生活が始まりました。

 

 息子は九州片田舎で不登校になり、只今ホームエデュケーションを選択中。ホームエデュケーションママあここです。

 

息子小3時代、不登校のはじまりの頃の話です。

 

当時を記録し、整理するために記します。 

 

2017年5月下旬

 

息子は熊本県のとある郡部の全校児童50数人の小学校に通っていた。

 

小学校3年生になった5月のある日、

 

下校のスクールバスを降りてくるなり、私の方にきて言った。

 

「今日最悪だったんだよ!先生が怒って!もう行きたくない!」

 

その時はまたいつものかぁと聴いて軽く流していた。

 

その前に、新学期早々に新しい教科書をまとめる作業を間違ったことで怒られたのだと登校渋りになり、数日間保健室登校をしていたが何とか教室には戻れていた。

 

しかし、今回は夜になるといつまでも眠れない様子で、「明日は学校に行けない~」と苦しそうに言い、

 

翌朝になると、毛布にくるまり、顔色は真っ青、

「もう死にたい。ごめん、学校へは行けない。僕はダメな人間なんだ。」と言う。

 

話を聴くと、国語の授業中に質問に答えられず、50歳代男性の担任に激しく罵倒されたとのこと。

 

そして、なせ罵倒されたかはわからないとのこと。

 

 

息子が落ち着いてから話を聴くと、

 

国語の授業で質問に対して何と答えてよいかわからず、

 

じっとしていたら先生が怒鳴って迫ってきて、

 

怖くて余計に答えられなくなって、

 

もっと怒鳴られて泣いてしまった。

 

ということだった。

 

後に、クラスメイトの証言によると、それはそれは激しい怒鳴り声だった。子ども達もビクビク怯えていた。

 

いつも毎日誰かが洗礼を受けるように罵倒されて泣き、ガクガクブルブル震えている子もいるとか。

 

クラスメイトも「あんなことで怒る先生はおかしい。」という話だった。

 

今時、まだそんな先生がいたのか。先生の意図する答えを言わなければ罵倒するのか。

 

心の暴力、体罰ともいえるのではないか。

 

それだけ、息子はその後フラッシュバックに悩まされ、1年経っても時々思い出し苦しんでいた。

 

少し時間が経ってからは、机をバン!!と叩いて脅したり、軽く頭を突いたりもしていた、という話もしだした。

 

証拠はないが、最初からボイスレコーダーを忍ばせるべきだったかもしれない。

 

教室に、何かあった時のために防犯カメラを設置してほしいとも思った。

 

そしてその時驚いたのは、

 

担任に休みの連絡をする際、その旨話すとまさかの逆ギレをされた。

 

「私はどんな答えでもいいと言ったのです!

 

それを答えなかったから怒ったのです!」

 

そして、休ませることを伝えると、

 

「休ませていたら癖になります!学習が遅れますよ!」

 

私はあ然とし、「もういいです!今日のところは休ませますから。」と電話を切った。

 

以前から、

 

指導内容から児童に不信感をもたれ、この先生がもう1年担任になるなら転校したい、という児童もいたという。

 

学校側に話した保護者もいて、なぜ異動にならないのかと言われていたようだ。

 

息子は怒鳴り声が苦手、という特性があり、それまでは担任と話し合いで考慮していただいていた。

 

4月の家庭訪問の際にその話をしたが、会話にはならないどころかすぐに帰られた。

 

もちろんその担任と、その後も話にはならなかった。

 

その後息子がいなくなってからひょっとしたら担任の指導方法は改善されたのかもしれない、

 

しかし、保護者仲間にそれについて聞くこともなかった。

 

年度末に、その担任はその翌年も異動にはならず、児童、保護者にも納得がいかないと言っている人達がいる、という話だけは耳に入ってきた。

 

こんなのどかな景色に囲まれた山間部の小学校だった。

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